クラリス

アレルギーを患ってしまって、めっきり最近は通院しなくてはならなくなってしまった。朝早く起きて、薬を貰いに行って、帰ってきて睡魔にやられて寝てしまう。こんな生活に意味があるだろうかと思われるだろう。そうあなた。けれど、ふと見た薬の名前が「クラリス」だったら、もう少し頑張ってもいいかもしれないと思ってしまう。

開かずの扉

私の祖父母の生まれは北海道の妹背牛という町。私はこの街のことが好きだったけれど、「妹背牛」という名前は嫌いだった。何となく禍々しくて、あまり縁起がいい名前ではない気がする。家族で帰省した時には、何もやる事がない事が楽しみだった。交差点に当たるまで自転車に乗って走ったり、読み慣れない本の読むフリをしてみたり、用水路を飛び越えてみたりと何もない田舎にはやる事がいっぱいあった。ひまわりが綺麗な街が近くにあって、昔、よく、祖母が連れて行ってくれた。しかし、幼い私はひまわりの魅力に気がつかず退屈するばかりだった。ひまわり畑の近くに大きなコンテナの様な建物があるあって、そこでは地域の特産品や食べ物がちらほらっとあった。私はひまわりより、こちらに目がなかった。何でこんな話をしたかと言うと一昨年にお墓まいりを行った時、ひまわりが見たくなって、ひまわり畑に行ったのだけれど、ひまわりの時期は過ぎていて元気のないひまわりがあって、懐かしのコンテナは跡形もなくなくなっていた。私がここをしばらく訪れなかったからみんなヘソを曲げてしまったのか。ヘソを曲げたにしても、やり過ぎではないだろうか。祖父母の家の2階には、開けたことのない小さな扉があった。この扉の先には、いったい何があったのだろうか。祖母は、叔母の部屋だったと言うけれど、私はその目で見ていないし、きっと今感じる寂しさが詰まっていたのだろうと私は思う。

僕らはきっと、

緑のカーディガンの女の子が目の前に座っている。カメラを取る姿勢が面白く、その姿を携帯で撮ってしまう。知らない喫茶店はケーキが美味しく、彼女が本当に似つかわしい場所だった。喫茶店の似合うカップルがお会計をしていて、僕達は「いいね」と話し合っていた。今、ふと考えてみると彼等にとって、僕達はどの様に見えていたのだろうか。もしかすると、目にも止めていなかったのかもしれない。もしかすると、緑のカーディガンを翌日にでも買ったかもしれない。僕らはきっと、恋人同士に見えていたのかもしれない。僕はきっと、恋人同士だったに違いない。

眠れない夜

シーラカンスが1番古い魚なのは本当なのだろうかと考える2:18。シーラカンスが現れると私は不安になってしまう。永遠は恐怖のように漂う。黒いまなこが捉えるのは、真っ暗な部屋に浮いているスマートフォンのディスプレイだけ。この街から引っ越すのは、あと1ヶ月余り。それまでに私は夕暮れを何回見て、夕暮れを何回忘れるだろうか。失念するメカニズムに愛想が尽きた時、思い出す景色はこの街の景色になるのだろうか。眠れない夜は良くない事を考えてしまう。明日は終わり明後日がやってきて、私は私になれるだろうか。シーラカンスが漂う流れは何処からともなく消えては現れる。そんな夜も私は眠れない。

ごめんよ、牛乳

一喜一憂する就職活動に嫌気がさし、私は快楽を求めに行く。恋人の横顔は、めくるめく季節の様に美しかったり、可愛らしかったり、涙を誘ったりする。そんな四季を求めて毎回終電を乗りこなす。終電を逃し、恋路の途中で下車して走って恋人の所に行ったのは、去年の末ごろだっただろうか。最近、終電には乗らなくてもよくなっている。恋人の家にいずっぱりなのだ。愛の巣でも、2人の生活でも、私の避暑地にもなっているあの家。私の家は寂しがってるだろうかと今日、帰ってみる。暗い部屋の中は、生暖かいのに生活の匂いがしない。暑さにやられて飲み物を欲す。冷蔵庫を開けてまた生活の存在の希薄さにがっかりする。5日過ぎた牛乳をシンクに流し、「ごめんよ、牛乳」とそっと呟き私は生活に帰って行く。